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病院から訪問リハビリへの転職を考えつつ、年収がどう変わるかわからず踏み出せない——そんな悩みを抱えるPTは少なくありません。
日本理学療法士協会の要望書(2025年11月)では、一般病院勤務PTの年収を人件費率33.5%適用時で367万円と試算しています。これはあくまで診療報酬ベースの想定値であり、全病院PTの平均実績値ではありません。ただ、全産業平均年収431.5万円(協会資料、2024年)と比較すると、PT全体の年収水準が業界外より低い現状は明らかです。
では訪問リハビリに転職すれば収入は上がるのか。答えは単純ではありません。条件次第で上がるケースも下がるケースもあるのが実態です。
訪問リハビリの収入は「報酬構造の理解」がカギになる
病院では、脳血管疾患等リハビリテーション料Ⅰ(245点)などの診療報酬が組織収益となり、そこから人件費が配分されます。
一方、訪問看護ステーション経由の訪問リハビリでは、PT等による訪問1回293単位(介護保険)が収益の柱です。事業所の規模・経営形態・インセンティブ制度の有無によって、個人の年収は大きく異なります。
報酬制度の仕組みから年収・待遇の変化を具体的に見ていきましょう。
病院と訪問看護ステーションの報酬構造はどう違うのか

診療報酬点数から見る病院PTの収益構造
病院から訪問リハビリへの転職を検討するなら、まず収益構造の違いを押さえる必要があります。
病院でPT・OT・STが生み出す売上は、疾患別リハビリテーション料の点数で決まります。
| 区分 | 点数(1点=10円) |
|---|---|
| 脳血管疾患等リハビリテーション料Ⅰ | 245点 |
| 運動器リハビリテーション料Ⅰ | 185点 |
| 呼吸器リハビリテーション料Ⅰ | 175点 |
(日本理学療法士協会 緊急重点要望書、令和6年度現行)
一般病院の人件費率は33.5%(同協会資料)です。組織収益に対してPT個人に還元される割合は構造的に限られています。急性期・回復期・生活期の違いにより取得できる点数が異なるため、勤務先の病棟区分も年収に影響します。
介護保険・医療保険の二本柱
訪問看護ステーション(以下、ステーション)からの訪問リハビリでは、介護保険と医療保険の2つの報酬体系が存在します。
介護保険では、PT・OT・STによる訪問1回あたり293単位(20分以上・週6回限度)が基本報酬です(厚生労働省 訪問看護の現状資料)。看護師の訪問と比較すると次の通りです。
| 看護師訪問(時間帯別) | 単位数 |
|---|---|
| 20分未満 | 313単位 |
| 30分未満 | 470単位 |
| 30分以上1時間未満 | 821単位 |
PT等の293単位は看護師訪問と報酬体系が異なる点に留意が必要です。また、1日3回を超えて訪問した場合は▲10%/回の減算がかかります。
医療保険での訪問は、主治医が発行する訪問看護指示書に基づきます。急性増悪時には特別訪問看護指示書が発行され、医療保険へ移行する事務フローが発生します。この切り替え対応もステーション勤務では必要な知識です。
ステーションの64.0%は営利法人(会社)による開設(日本訪問看護財団、2025年版・2024年8月現在)です。利益追求型の運営が多数派のため、給与体系は事業所ごとに大きく異なる傾向があります。
インセンティブ制度(歩合制)の仕組みと年収シミュレーション

固定給型とインセンティブ型——2つの給与体系
病院から訪問リハビリへの転職で年収が変わる最大の要因が、インセンティブ制度の有無です。
ステーションの給与体系は大きく2パターンに分かれます。
- 完全固定給型:訪問件数にかかわらず毎月一定の給与
- 固定給+インセンティブ型:月間の基準件数を超えた分に手当が加算される
インセンティブ型では、月70〜80件程度を基準とし、超過分に対して1件あたり数千円が加算される形式が見られます。ただし、基準件数や手当額は公的統計で定められておらず、事業所の経営方針によって幅があります。
収入試算のロジックとして、介護報酬の1単位あたり単価は地域区分により約10〜11.40円です。1回293単位の訪問であれば、1訪問あたり2,930〜3,340円程度の事業所収入が生まれる計算になります。ここからインセンティブの原資が確保されるかどうかは、事業所の固定費・利用者数・経営状況に左右されます。「訪問リハビリに転職すれば年収が上がる」と一概には言えません。
件数を増やすほど収入が上がる?——インセンティブの落とし穴
件数増加で収入が上がる可能性がある一方、以下の点に注意が必要です。
- 1日3回超の訪問は▲10%減算となり、事業所収益が減少する
- 移動時間・記録・多職種連携(カンファレンス)・ケアマネジャー(介護支援専門員)への報告書作成は訪問件数に計上されない
- ADL(日常生活動作)やQOL(生活の質)の向上より件数優先になるリスクがある
また、ステーションの35.8%が利用者39人未満の小規模事業所(日本訪問看護財団、2025年版)です。小規模事業所ではそもそもインセンティブが発生しにくい構造の場合があります。
医師不在の環境で求められる臨床判断力
病院とは異なる意思決定フロー
病院では医師が常駐し、PT・OT・STはチーム医療の一員としてリハビリを提供します。訪問現場では利用者宅に1人で訪問し、医師不在の環境でバイタルサインの変化や急変リスクに自ら判断を求められる場面があります。
訪問看護指示書に基づいて業務を行いながら、異常時には主治医・訪問看護師に連絡・相談するプロセスが必要です。このリスク管理の自律性が、病院勤務との最大の違いといえます。
多職種連携の内容も異なります。ケアマネジャーが作成する居宅サービス計画(ケアプラン)に沿ったリハビリ提供が求められ、福祉用具の選定や住宅改修の助言もPTの重要な役割です。
賃上げの制度的な追い風
令和6年度診療報酬改定では、訪問看護ベースアップ評価料(Ⅰ)が創設されました(利用者1人につき月1回780円・厚生労働省)。政府はR6年度2.5%・R7年度2.0%のベースアップを措置しており、定昇込みでR6年度4.0%程度・R7年度3.5%程度の賃上げ率が見込まれています(財務省 財政制度等審議会資料)。
日本理学療法士協会は12%以上の賃上げ率・月額2万円以上の賃上げをPT・OT・ST全体に求めています(要望書、2025年12月提出)。ただし、これは要求段階であり実現済みではありません。
制度的な追い風はあるものの、病院から訪問リハビリへの転職で実際の年収がどう変わるかは、勤務先の事業所規模・給与体系・訪問件数によって大きく異なる可能性があります。次のセクションでは、転職先選びの具体的な確認ポイントを解説します。
病院から訪問リハビリへの転職で年収が上がる人・下がる人

年収が上がる可能性が高いシナリオ
以下の条件が重なる場合、年収アップの可能性があります。
- インセンティブ制度がある事業所で、月間訪問件数を安定確保できる体力・時間管理能力がある
- 厚生労働省告示「別表第7・第8」該当者(医療保険対象)が多い事業所は報酬単価が高い傾向がある
- 地域区分の単価が高い都市部の事業所に勤務する
年収が下がるリスクシナリオ
- 小規模事業所(利用者39人未満が35.8%・日本訪問看護財団2025年版)では訪問件数が不安定になりやすい
- 完全固定給で昇給幅が小さい事業所では、病院の定期昇給のほうが有利なケースがある
- 介護分野のPT年収は医療分野より約35万円低い傾向がある(日本理学療法士協会2023年要望書)
訪問看護事業所は16,164か所(2024年8月現在)まで拡大し、地域包括ケアシステムの推進で需要増が見込まれます。一方、事業所の増加による競争激化で小規模事業所の経営が不安定化するリスクも否定できません。
適性チェックリスト——訪問リハビリに向いている人・向いていない人
向いている人
- 急性期・回復期の経験を生活期リハビリに活かしたい
- 医師不在の環境で臨床判断を磨きたい
- 収入を訪問件数で自ら増やしたい志向がある
- ADL・QOL・住環境を含めた生活全体を見るリハビリに興味がある
- 移動・天候変化への耐性があり体力面に不安がない
向いていない人
- 医師や先輩PTが常にそばにいる環境でないと不安が大きい
- 固定給・定期昇給を最優先にしたい
- 報告書・計画書・レセプト関連の書類業務への抵抗が強い
- 経験年数3年未満でチーム医療の中で専門性を深めたい段階にある
よくある質問——病院から訪問リハビリ転職の疑問3選
Q1. 訪問リハビリの年収は病院より本当に高いのか?
一概に高いとは言えません。報酬構造(診療報酬 vs 介護報酬単位数)・インセンティブの有無・地域区分・事業所規模によって大きく異なります。面接時に固定給額・インセンティブ条件・賞与有無を必ず確認してください。
Q2. PTが担当する利用者はどんな疾患が多いのか?
訪問看護利用者の傷病別割合は、脳血管疾患11.2%・悪性新生物9.0%・認知症8.6%・筋肉骨格系8.2%(日本訪問看護財団2025年版、N=1,115,634人)。PTは脳血管疾患・筋肉骨格系を担当する傾向があります。なお、厚生労働省告示「別表第7・第8」該当者は医療保険での訪問となり報酬体系が異なります。リハビリ内容は居宅サービス計画(ケアプラン)に基づいて立案する必要があります。
Q3. 経験年数はどの程度必要か?
法的な年数要件はありません。ただし、1人でバイタルサイン判断・リスク管理を行うため、一般的には臨床経験3〜5年程度が目安とされる傾向があります。教育体制・同行訪問制度が整った事業所では、経験年数が浅くても受け入れられるケースがあります。
転職前に確認すべき5つのアクションプラン

- 給与体系の確認:固定給額・インセンティブ条件・賞与有無・昇給実績
- 事業所規模の確認:利用者数・小規模事業所のリスク理解
- 保険種別の確認:介護保険中心か医療保険中心か(報酬構造への影響)
- 教育体制の確認:同行訪問の有無(経験年数が浅い場合は特に重要)
- 移動条件の確認:直行直帰の可否・移動手段・移動手当の有無
報酬構造と自分の適性を照らし合わせ、条件を納得した上で判断することが、病院から訪問リハビリへの転職で後悔しない有力な方法の一つです。
参考文献・引用データ
本記事で使用している数値・制度内容・市場動向に関する情報は、以下の公的資料および信頼性の高い調査データを参照しています。
- 【日本理学療法士協会】経済・物価動向等を踏まえた公定価格の引き上げ 緊急重点要望
- 【日本理学療法士協会】理学療法士・作業療法士・言語聴覚士の処遇改善および急性期一般等におけるリハビリテーション実施の推進
- 【日本理学療法士協会】2024年度事業の報告ならびに決算書類の承認を求める件
- 【日本理学療法士協会】2024年度予算概算要求に向けての要望
- 【厚生労働省】介護人材確保に向けた処遇改善等の課題
- 【内閣府】経済・財政一体改革推進委員会 社会保障ワーキング・グループ 資料3「医療・介護分野の課題」
- 【東洋鍼灸専門学校】あん摩マッサージ指圧師の資格取得・仕事内容・平均年収解説
- 【財務省】財政制度等審議会 財政制度分科会 資料1「社会保障」
- 【財務省】2025年度予算編成における課題(社会保障分野)
- 【日本作業療法士協会】作業療法白書 2021
- 【厚生労働省】訪問看護の現状と介護報酬改定の動向
- 【日本訪問看護財団】訪問看護の現状とこれから 2025年版
- 【日本看護協会】2024年度 診療報酬・介護報酬改定等に向けた訪問看護実態調査
- 【厚生労働省】第4回在宅医療及び医療・介護連携に関するワーキンググループ 資料
- 【厚生労働省】令和6年度診療報酬改定の概要(医科全体版)

