訪問STはなぜ少ない?占有率1.3%の構造的背景

看護師
訪問看護ステーションに立つ日本人の言語聴覚士(ST)

訪問リハビリに興味を持ったSTが求人を探すと、PTやOTと比べて選択肢が圧倒的に少ないことに気づきます。「探し方が悪いのでは」と感じた方も多いはずです。

しかし、これは偶然ではありません。制度設計・報酬構造・事業所の採算判断という3つの構造的要因が重なった結果です。

「少ない=将来性がない」では必ずしもありません。ただし、根拠なき楽観論も禁物です。構造を正確に理解した上で、自分のキャリアを判断することが重要です。

訪問看護ステーション全体でSTはわずか1.3%(常勤換算)

日本訪問看護財団『訪問看護の現状とこれから 2025年版』(令和5年介護サービス施設・事業所調査)によると、訪問看護ステーションの職種別従事者割合(常勤換算)は以下の通りです。

職種 割合(常勤換算)
理学療法士 14.8%
作業療法士 6.4%
言語聴覚士 1.3%

セラピスト3職種の中で、STは桁違いに少ない水準です。

実数ベースでは1.8%とやや高く、常勤換算との差はSTに非常勤が多い傾向を示しています。

この1.3%という数字の背景には、制度設計・報酬構造・事業所の採算判断という3つの要因があります。次章で順に解説します。

制度が生む「STがいなくても困らない」構造

訪問看護ステーションでの人員配置基準について説明する管理者

人員配置基準「適当数」という数値なき基準

訪問STが少ない理由の1つ目は、制度設計そのものにあります。

厚生労働省「訪問看護 参考資料」によると、訪問看護ステーションの人員配置基準は以下の通りです。

職種 配置基準
看護職員 常勤換算2.5以上(必須)
理学療法士・作業療法士・言語聴覚士 「実情に応じた適当数」

「適当数」とは、数値基準がないことを意味します。STが0名でも介護保険法・健康保険法上の運営要件は満たせます。「雇わなくていい」制度設計が、構造的な不在を生んでいます。

加えて、STの有資格者総数はPTの約5分の1程度と推定されます。母数が少ない職種は採用市場でも希少です。

営利法人64%の採算優先構造

日本訪問看護財団『訪問看護の現状とこれから 2025年版』(2024年8月現在)では、訪問看護ステーションの64.0%が営利法人(会社)です。

1事業所あたりの常勤換算従事者数は8.0人(厚生労働省資料・R3年)と小規模です。限られた人件費枠の中で、採算が見えにくいSTより対象患者の多いPTを優先する判断は、経営上は合理的といえます。

ST単体の損益分岐点——293単位から逆算する採算の壁

在宅で高齢患者に嚥下訓練を行う日本人の言語聴覚士

介護報酬293単位と週120分ルールが制約する収益上限

訪問STが少ない理由の核心は、報酬構造にあります。

介護保険における言語聴覚士の訪問報酬は293単位/回(20分以上・週6回限度)です(厚生労働省「訪問看護 参考資料」)。看護職員の30分以上1時間未満は821単位/回であり、同じ1訪問でもSTの単価は看護師の約36%にとどまります。

また、1回20分以上×週6回という算定要件から導出すると、1利用者あたりの週あたり訪問時間は120分相当が上限となります。1日2回超の訪問には▲10%/回の減算も適用されます(同資料)。

損益分岐点の試算(地域単価10円で概算):

項目 数値
ST訪問1回の報酬 293単位×10円=約2,930円
想定人件費(常勤換算1.0・月給例) 約30万円
月間必要訪問件数(人件費のみ) 約103件(=約5件/日)
移動時間(1回あたり平均) 10〜20分(日本訪問看護財団調査研究事業報告書・2025年7月)
実質稼働可能件数/日 5〜6件が現実的な上限

移動コスト・管理費を加算すると、損益分岐点は5〜6件/日が必要となる計算です。PT・OTも同じ293単位/回ですが、整形疾患や脳卒中後の運動リハ需要はST対象より幅広く、件数を積みやすい傾向があります。STは対象疾患(失語症・構音障害・摂食嚥下障害)が限定的なため、稼働率が上がりにくい構造といえます。

医療保険(健康保険法)では訪問看護基本療養費として5,550円/日が設定されており(理学療法士等も同額)、介護保険と異なり訪問時間によらない定額制です。ただし、週3日目までの算定制限があります。

ケアマネジャーが「リハビリ=PT」と認識している問題

訪問リハビリの利用者紹介は、居宅介護支援専門員(ケアマネジャー)経由が中心です。

令和4年介護サービス施設・事業所調査(N=1,115,634人)によると、訪問看護利用者の傷病は脳血管疾患11.2%、パーキンソン病4.8%、呼吸器系疾患3.7%と、ST介入が有効な疾患群が一定割合を占めます。

しかし、一部のケアマネジャーはSTの専門性(摂食嚥下障害・構音障害・失語症)を十分に把握していない場合があり、「リハビリ=PT」という認識から指名依頼が発生しにくい構造があります。これが「潜在需要はあるのに顕在化しない」ギャップの一因となっている可能性があります。

訪問STの潜在需要——誤嚥性肺炎予防と在宅ニーズ

誤嚥性肺炎予防管理と経口摂取支援の在宅ニーズ

脳血管疾患・パーキンソン病患者は摂食嚥下障害のリスクが高く、在宅で誤嚥性肺炎予防管理や経口摂取支援(QOL向上)を担えるのはSTの中核的専門性です。地域包括ケアシステムの推進により在宅療養者が増加する中、潜在的な需要は拡大傾向にある可能性があります。

地域摂食嚥下支援チームとICTによる効率化

歯科医師・管理栄養士とSTが連携する「地域摂食嚥下支援チーム」モデルでは、嚥下評価情報を多職種で共有し、経口摂取を包括的に支援できます。電子カルテやルート最適化などのICTツール活用により、少人数のSTが効率的に複数利用者をカバーできる可能性があります(Mali, Journal of Otolaryngology, 2024に在宅遠隔言語聴覚療法の応用可能性を示唆するレビューがあります)。

海外の予備的研究では、在宅での振動刺激による嚥下訓練の実行可能性が検証され、完了者7名中5名(71%)で喉頭蓋谷閉鎖時間の短縮が確認されています(Kamarunas et al., Dysphagia, 2022)。ただし、N=11(完了者7名)の小規模フィージビリティスタディであり、有効性の証明ではありません。在宅での呼吸筋トレーニングが脳卒中後の嚥下機能に与える効果を検証するRCTも進行中です(Zapata-Soria et al., Journal of Clinical Medicine, 2024)。

訪問STが少ない理由は制度・報酬・採算の3層構造ですが、潜在需要とエビデンスの蓄積は続いています。

訪問STの将来性——2つのシナリオ

ポジティブシナリオ:制度改定と在宅シフトで需要拡大

令和6年度介護報酬改定で、退院時共同指導加算(600単位/回)が新設されました。STが退院前カンファレンスに参加した際の評価が拡充されています(厚労省「令和6年度介護報酬改定における改定事項について」)。

STの新規資格取得者数はPTの約5分の1程度とされ、国家資格合格者数の増加は緩やかです。供給側の増加が限定的な今、訪問分野への先行参入でポジションを確保できる可能性があります。

リスクシナリオ:報酬単価据え置きで採算悪化継続

現行の293単位/回はPT・OTと同一であり、STの専門性に対する報酬上の差別化はありません。今後の改定でST単価が引き上げられなければ、事業所側の採用インセンティブは低いままとなる可能性があります。「制度側の変化が不可欠だが、時期は不確実」という点は正直に認識しておく必要があります。

向いている人・向いていない人の判断基準

訪問STに向いている人の5条件

  • 摂食嚥下障害・失語症・構音障害の臨床経験が3年以上ある
  • 1人で臨床判断を下すことに抵抗がない
  • 移動込みのスケジュール管理が得意
  • 多職種にSTの専門性を言語化して伝えられる
  • 地域包括ケアシステムの中で多職種連携を推進する意欲がある

向いていない人の特徴(ミスマッチを避けるために)

  • 安定した訪問件数が保証される環境を求める方
  • 単独での臨床判断に強い不安がある方
  • 聴覚障害・認定補聴器技能者との連携業務に強みがある方は、病院・クリニックの方が専門性を活かしやすい場合があります

言語聴覚士法上、STは医師の指示のもとで業務を行う法的枠組みが定められています。訪問リハビリテーション実施指示書に基づく裁量権の範囲と責任を事前に確認することが重要です。「向いていない=能力がない」ではなく、環境とのミスマッチです。

よくある質問(FAQ)

Q1. 訪問STの給与は病院より高いですか?

PT・OT・ST等の離職率は介護労働安定センターの調査で合算されており、ST単独データは存在しません。ただし、令和7年度に賃上げを実施した訪問看護ステーションは66.1%、うち基本給引き上げが49.2%という報告があります(日本訪問看護財団報告書・N=2,050)。インセンティブ制を採用する事業所では稼働件数次第で病院より高くなる可能性がありますが、保証されるものではありません。

Q2. 訪問STでも疾患別リハビリテーション料は算定できますか?

算定できません。脳血管疾患等リハビリテーション料などの診療報酬(疾患別リハビリテーション料)は病院・診療所での算定要件です。訪問看護ステーションからのSTによる訪問は、介護保険では293単位/回、医療保険では訪問看護基本療養費5,550円/日の枠組みで算定されます。呼吸器リハビリテーション料も同様に、在宅での呼吸リハは訪問看護の算定体系となります。

Q3. 訪問STの求人はどう探せばよいですか?

「訪問看護ステーション」に加え、「病院・クリニック併設型の訪問リハビリテーション事業所」も選択肢です。ステーションの64.0%が営利法人であり、大手グループの一括採用も増えている傾向があります。選考では摂食嚥下の臨床経験とケアマネジャーとの連携実績をアピールすることが有利に働く傾向があります。

まとめ——訪問STが少ない理由を理解した上で、次の一手を

訪問STを含む在宅医療の多職種連携カンファレンスの様子

訪問STが少ない理由を3点に整理します。

  1. 人員配置基準に数値義務がない(「適当数」)
  2. 293単位/回の報酬単価が低く事業所の採算が取りにくい
  3. ケアマネジャーの認知不足で潜在需要が顕在化しにくい

「構造的に少ない=将来性がない」ではありません。在宅ニーズの拡大と制度改定の方向性を踏まえれば、先行者にはポジション確保の好機がある可能性があります。ただし、安易な転職は禁物です。自分の臨床経験・適性・地域の需給バランスを確認し、条件に納得できたら一歩を踏み出すという姿勢が重要です。

参考文献・引用データ

本記事で使用している数値・制度内容・市場動向に関する情報は、以下の公的資料および信頼性の高い調査データを参照しています。

この記事の監修者
株式会社ゴルディロックス
代表取締役 / 理学療法士龍嶋 裕二(Yuji Ryushima)

理学療法士として大学病院にて超急性期から緩和ケアまで多岐にわたる臨床を経験。2013年に独立し、株式会社ゴルディロックスを設立。 現在、リハビリ特化型デイサービスや訪問看護ステーション、居宅介護支援事業所等複数の事業を経営。またクリニックの運営やプロアスリートから子供の身体発育までをサポートするパーソナルトレーナーとしても活動中。医学的知見に基づいた地域密着型のヘルスケア環境づくりを牽引している。

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