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病棟での小児科経験があっても、「訪問看護に転職して通用するのか」という不安は自然なものです。スキル面・求人数・給与水準、どれも不透明に感じられるでしょう。
その不安は根拠のないものではありません。在宅医療を実施している診療所のうち、小児(15歳未満)に実際に対応できている割合はわずか7.8%。在宅療養患者全体に占める小児の割合も0.9%にとどまります(日本医師会総合政策研究機構「第3回 診療所の在宅医療機能に関する調査」)。受け皿がまだ限定的であるのは事実です。
一方で、需要は確実に拡大しています。全国の医療的ケア児は20,385人、人工呼吸器を必要とする子どもは5,449人と推計され(厚生労働科学研究「田村班」)、2008年比でそれぞれ約2倍・約10倍に増加しています。
さらに東京都は、2002年から2024年にかけて15歳未満人口が減少していない全国唯一の地域です(厚労省「小児医療の提供体制について」)。板橋区を含む都内では、小児在宅ニーズが比較的維持されやすい構造にあります。
不安の正体を正確に把握するために、給与・制度・スキルの3軸でデータを検証していきます。
小児訪問看護の市場はどうなっているか──需要と供給のギャップを読む

医療的ケア児の増加と、受け皿不足の現実
訪問看護全体の利用者は、医療保険対象が約48.4万人、介護保険対象が約74.4万人です(令和5年6月審査分)。主たる対象は高齢者であり、小児は市場規模として小さい現実があります。
しかし「小さい市場=競争相手が多い」とは限りません。在宅医療を実施している診療所のうち、小児に対応不可と答えたのは62.3%。対応可能でも実際に患者がいるのは7.8%にとどまります(日本医師会総合政策研究機構調査)。供給側の体制が需要に追いついていない構造です。
板橋区では、医療的ケアバス事業・保育所等訪問支援事業・在宅レスパイト事業など区独自の施策が展開されており、訪問看護師が多職種チームの中核を担う場面があります。また、NICU・GCU退院支援では区内の健康福祉センター地区担当保健師と訪問看護ステーションが退院前カンファレンスを実施し、医療的ケアの内容・家族の介護力・必要な福祉サービス等を共有する体制が一般的にとられています。
なお、板橋区内の小児対応ステーション数の公的統計は現時点で未取得です。求人検索の際は、医療的ケア児・重症心身障害児への対応実績をステーションに直接確認することを推奨します。
2040年に向けた将来推計──小児人口は減るが需要は残る理由
2040年には15歳未満人口が約1,140万人となり、2025年比で約2割減少する見通しです(国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」2023年推計)。
ただし、医療技術の進歩により在宅で暮らす医療的ケア児は増加傾向にあり、子どもの数が減っても在宅看護ニーズが比例して減るとは限りません。また、訪問看護利用者数全体は2040年以降にピークを迎える見通しであり(厚労省中医協資料、2019年度利用率の機械的適用による推計値)、85歳以上の在宅医療需要は2020年比で62%増加すると推計されています。小児専門で入職しても、将来的にスキルの幅を広げる選択肢がある点はキャリア上の安心材料になり得ます。
小児訪問看護の給与と加算制度──「病院より下がる」は本当か

訪問看護師の給与水準をデータで確認する
訪問看護ステーション勤務の正規雇用看護師(非管理職)の税込給与額は月額平均33万5,144円(基本給与額25万9,958円)。平均年齢44.0歳、平均通算経験年数7.3年(日本看護協会「2024年度 訪問看護実態調査」、n=1,613件)。
別調査では訪問看護ST(n=149)が月額367,775円、病院(n=4,287)が386,046円で、差は約1.8万円(日本看護協会「2021年看護職員実態調査」)。40歳代後半では一般産業より月額約9.6万円低い水準です(2024年賃金構造基本統計調査に基づく日本看護協会「2040年に向けた訪問看護のビジョン」)。
※2つの給与データは調査年・対象規模・回答方法が異なるため、単純比較はできません。
「病院より下がる」は平均値では概ね事実ですが、差額は月1〜2万円程度です。夜勤がない分の生活の質向上や、後述の加算算定状況によって実質的な収入差が縮まるケースもあり得ます。
令和6年度診療報酬改定で変わった加算と賃上げ支援
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 24時間対応体制加算(改定後) | 6,800円/月(負担軽減取組あり)・6,520円/月(なし)← 改定前6,400円 |
| 訪問看護ベースアップ評価料(Ⅱ) | 令和6年度新設。対象職員給与総額の1.2%基準、10〜500円×18区分 |
| 令和7年度補正予算案 | 訪問看護ST1施設あたり賃金22.8万円の基礎的支援を計上 |
小児特有の加算として、長時間訪問看護加算(15歳未満の準・超重症児〔超重症児スコア10点以上〕対象、週3日限度・90分以上)があります。
訪問看護師が把握しておくべき利用者家族の費用負担軽減制度も多岐にわたります。訪問看護指示書・指定訪問看護療養費・自立支援医療・小児慢性特定疾病医療費助成・乳幼児医療費助成(子ども医療証)・障害児通所受給者証・身体障害者手帳の各制度を理解しておくと、家族への情報提供の質が高まる可能性があります。
小児訪問看護で求められるスキルとキャリアパス──病棟経験だけで通用するか
病棟との違い──「一人で判断する場面」と「多職種連携」の両立
訪問看護は原則週3日・1日1回までという制限の中で、限られた接点でアセスメントを完結させる能力が求められます。医師やチームがすぐそばにいる病棟とは異なり、訪問先では看護師の判断が起点になります。
ただし「一人で全て背負う」わけではありません。PT・OT・STとの連携、主治医への報告体制、24時間対応体制加算を活用したオンコール体制など、バックアップの仕組みがあります。小児では児童発達支援事業所・放課後等デイサービス・保健師との多職種連携も不可欠です。
小児精神訪問看護と発達支援
不登校児・ADHD・LD等への関わりでは、個別支援計画の策定時に、主訴の整理→アセスメント→目標設定→支援内容の検討→定期的な見直しという一般的なフローをとります。児童発達支援・放課後等デイサービスとの役割分担を明確にした上で介入することが重要です。
海外の研究では、発達支援アプローチとしてのDIR/フロアタイムがASD児に一定の効果を示す報告があります(Divya K Y et al., Cureus, 2023)。こうした知見を理解しておくことは、発達障害児と関わる際の引き出しになり得ます。
「向いていない人」の特徴──転職前に知るべきミスマッチ
| よくあるミスマッチ | 具体的な内容 |
|---|---|
| ①「待てない」タイプ | 急性期のスピード感に慣れていると、子どもと家族のペースに合わせる在宅ケアに適応しにくい場合があります |
| ②「子どもだけ好き」 | 訪問看護は家族全体(特に母親)のメンタルケアやレスパイト調整も含みます。家族支援の負荷の重さに戸惑うケースがあります |
| ③小規模環境が苦手 | 訪問看護STは看護職員5人未満の小規模事業所が半数以上(日本看護協会「2040年に向けた訪問看護のビジョン」)。管理者の70.4%が専門看護師・認定看護師等の資格を持たない現実もあります(同「2024年度 訪問看護実態調査」、n=1,879)。教育体制は事業所によって大きく異なる場合があります |
入職前に「小児対応の実績件数」「カンファレンスの頻度」「OJTの仕組み」を具体的に確認することが、ミスマッチ防止の有力な手段の一つです。
板橋区で小児訪問看護に転職する前に──将来シナリオと適性チェック

可能性が高いシナリオとリスクシナリオ
ポジティブシナリオ:医療的ケア児の増加傾向が続く中、小児対応可能な訪問看護師の希少価値は高まる可能性があります。24時間対応体制加算の引き上げ(6,400円→6,800円)、訪問看護ベースアップ評価料の新設、令和7年度補正予算での特定行為研修修了者養成(1.6億円計上)など、処遇改善の流れも追い風になり得ます。
リスクシナリオ:全国では2040年に15歳未満人口が約1,140万人(2025年比約2割減)に減少する見通しです。小規模ステーション(看護職員5人未満が半数以上)は利用者数の変動で経営が不安定になるリスクがある点も否定できません。
適性チェックリスト
向いている可能性が高い人
- 小児病棟・NICU・GCU経験3年以上
- 家族全体を支援対象として捉えることに抵抗がない
- 裁量と孤独は表裏一体と理解できる
- PT・OT・ST・保健師との連携調整が苦にならない
- オンコール体制のある働き方を受容できる
慎重に検討すべき人
- 急性期のスピード感が心地よく「待つケア」にストレスを感じやすい
- 給与で病院を上回りたい(訪問看護は病院より月額約1.8万円低い傾向)
- 大規模組織の教育体制でないと不安(ST管理者の70.4%が専門・認定資格なし)
- 小児の終末期ケアや家族の悲嘆と向き合うことに強い不安がある
このチェックリストは自己診断の入口です。最終判断はステーション見学・面談を経て行うことを推奨します。
よくある質問(FAQ)
Q1:給与は病棟より下がりますか?
訪問看護ST勤務の正規看護師(非管理職)の税込給与月額は平均33万5,144円(日本看護協会2024年度調査)。病院との差は月額約1.8万円低い傾向があります(同2021年調査)。ただし、オンコール手当・加算算定状況・処遇改善加算の取得状況で変動します。入職前に基本給・手当の内訳を書面で確認することが重要です。
Q2:オンコールはどのくらい大変ですか?
ステーションによって頻度・バックアップ体制は大きく異なります。面接時に「月平均オンコール回数」「実際の出動頻度」「複数名対応の有無」を具体的に質問してください。24時間対応体制加算(6,800円または6,520円/月)を算定しているステーションでは、ICT活用等の負担軽減取組が加算要件として評価されています。
Q3:小児経験がなくても転職できますか?
小児病棟・NICU経験者が評価されやすいのは事実ですが、成人在宅での医療的ケア経験(人工呼吸器・吸引・経管栄養)があれば採用対象となるステーションもあります。日本訪問看護財団「小児訪問看護強化セミナー」(令和6年度受講76名)など入職後のスキルアップ経路も存在します。
次のステップ──確認すべき4項目
| ステップ | 行動内容 |
|---|---|
| ①リストアップ | 区の健康福祉センターへ問い合わせ、小児対応実績のあるSTを把握する |
| ②事前確認 | 小児利用者の割合・教育体制・算定加算の種類を書面で確認する |
| ③見学・同行 | 可能であれば同行訪問を依頼し、実際の業務フローを体感する |
| ④条件確認 | 労働条件通知書で基本給・手当・オンコール手当の内訳を把握してから意思決定する |
小児訪問看護は需要の伸びと供給不足が同時に存在する領域です。ただし「需要がある=誰でも活躍できる」ではありません。本記事のデータと自身の適性を照らし合わせ、条件を一つひとつ確認した上で判断してください。
参考文献・引用データ
本記事で使用している数値・制度内容・市場動向に関する情報は、以下の公的資料および信頼性の高い調査データを参照しています。
- 【厚生労働省】小児在宅医療の全体像(行政とのかかわり〜制度まで)
- 【厚生労働省】中央社会保険医療協議会 総会(第610回) 議事次第
- 【厚生労働省】小児医療の提供体制について
- 【厚生労働省】小児在宅医療の現状と問題点の共有
- 【日本医師会総合政策研究機構】第3回 診療所の在宅医療機能に関する調査
- 【日本看護協会】2024年度 診療報酬・介護報酬改定等に向けた訪問看護実態調査 報告書
- 【日本訪問看護財団】令和6年度 事業報告書
- 【日本看護協会】2040年に向けた訪問看護のビジョン
- 【厚生労働省】令和6年度診療報酬改定の概要(在宅医療・訪問看護)
- 【厚生労働省】令和6年度診療報酬改定の概要(医科全体版)
- 【厚生労働省】令和7年度補正予算案について(報告)
- 【論文】DIR/Floor Time in Engaging Autism: A Systematic Review.(Divya K Y et al., 2023, PMID:37332371)
- 【論文】Nurse led home-based care for people with HIV/AIDS.(Wood Elizabeth M et al., 2018, PMID:29587719)
- 【論文】Effects of a home follow-up program in Turkey for urban mothers of premature babies.(Bora Güneş Nebahat et al., 2020, PMID:31642117)

